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懐かしさと地縁と
060925
中学の同窓会に出席した。
ワタシも東海圏から関西圏に流れてきて、どちらの地域もちょうど半々の時刻が流れた。

卒業してこのかた全然会ってない面子。顔と名前が一致して覚えているのか全然自信が無かった。ドキドキしながら受付へ立つ。受付の人たちすら全然わからない。
「やべぇ。誰だっけ。」

相手は「○○くんね。はい」とか言っている。どうやら相手はワタシを認識している様子。めちゃキレイなレディ。ドキドキ。お茶を濁して会費を払う。

溜まっているヒトの群れに向う。辛うじて知っている奴のところへ行って挨拶を交わす。
「よぉ。」
「おぅ。」
たったそれだけで時間が元に戻る。「良かった。知っている人間がいて。」
そいつの耳元で「あれは誰。こっちは?」と矢継ぎ早に聞いて補足する。
結構、コブシを合せた奴は直ぐに認識ができた。
「コイツには負けて、コイツのパンチはへなちょこだった。」みたいに...。

突然、自分の前にやってきた奴が、「よぉ元気」と聞いて来る。
(うぁ、まぢわからん。誰?)
「ごめん。もうしわけない。誰だっけ。」
(もういい。ここは取り繕っても仕方ない。正直で行こう。)
「俺だよ。何屋のだれそれだよ。忘れちまったのかよ。冷てぇなぁ。」
中学校区では、サラリーマン家庭だけでなく家の商売を継いでいる奴も多い。そういう自分の家も商売やってたんだが、息子がこんなんだから店じまいした。
皆が「お前んち、もう店やってないんかよ。」と聞いて来る。
「おう、不景気だし、俺も外出ちまったからなぁ。」と答える。

高校や大学の同窓会に行くと「お前、太ったな。」といわれる。
でもここでは言われない。置いてあった卒業アルバムを見る。あ、そういえば俺、昔は丸かったな。納得。自然と昔がえりをしていて「変わってない」の印象を与えていた訳だ。
色んな奴が来てた。頭頂部が申し訳なさそうになっちゃった奴。カラダが当時の3倍になっちゃった奴。特に、変わっているのは女子(良いねぇ。この響き)
皆、変わった。オトナのレディに。ドキドキ。

そういった訳で、無理やり記憶を元に戻してゆく。

会が始まった。恩師の方々も参加されていて、ひとりひとりの挨拶が続いてゆく。
「え、こんな小さかったのか。あのセンセ」
あの頃は存在自体が大きかった恩師の方々。今となっては、小さくなってしまった背中がいぢらしい。
恩師の話の中には
「生徒の皆さんには、今だったら犯罪になるようなこともしていたな。スマン」
みたいな話もあった。

どうなんだろ。あの頃は校内暴力全盛の時期で、先生達も体を張ってやってた。それに対して、生徒だった我々も「ばれたら、そんなもんだ。」と納得していたように思う。「自業自得」
中には、恨みを持った奴もあったろうが、今となっては思い出の感が強い。
来ている奴と言えば、大目玉食らった奴らもたくさん来ていて、どんな顔して話を聞いているんだろと見てみたら、そいつらもニコニコしながら聞いていた。そして、センセが皆、教師生活の終わりを見据えた活動に切り替わっていた。時代の流れと一抹の寂しさを感じずにはいられない。

尽きない話を続けながら、2次会に突入
懐かしい仲間と馬鹿話に花を咲かせる。宴もたけなわになって、受付していたキレイなレディがやってきた。リサーチ(笑)の結果誰それと理解済み。同じクラスになったこともあった子だった。どきどき

「いいおんなになったな。」と関西弁で語る。

こういうときに関西弁はトクだと痛感する。こんなクサイ台詞でもすらすら出てくる。半分オヤジ入ってる。半分関西人で良かったと本当に思う。

彼女も負けじと答えてくる。
「inkくん、昔、私をお嫁さんにしてくれる。って言ってくれたわよね。」

がーーーん。まぢ。今、その話か。
おう、おう、おう、おう、そう言えば、昼下がりのつまらない授業のとき隣同士でそんな会話した記憶が走馬灯の中で高速で走り出した。小さな恋のメロディ(ウソウソ)。あの頃ワタシは純情一直線だったのだ。そして、あの頃、君は、も少しポッチャリしてたっけ...。

こんなキレイな方になるなら。。。
車 寅次郎の気分さ。

いかん。いかん。いかん。お互いに家族のある身。いいオトモダチでいましょう。なぞと無粋なことは言ったか言わずか...。
が、何となくフェードアウトして逃げさるように逃げる私。(情けな。。。

宴も佳境に入り、世話役の人間から、「ちょっと聞いてくれ。」と話があった。
「今回、集まってもらったのは他でもない。地元の祭りの世話と協賛金の話でもある。」みたいな話が飛び出した。そう、男の厄年の卒業生は祭りの世話をしないといけないという話。
(道理で急に集められたと思った。)

卒業した中学校区でも、卒業生がサラリーマン化し、それぞれ、方々に出て行ってしまって地域コミュニティが成り立たないみたい。それで人集めと懐かしさを込めての会合の主旨の様子。

しかし、ワタシも関西に来てしまい元の地域コミュニティには属していない。地域に住んでいる人々には大切な祭りであることには違いないが、ワタシにとってはどうしようかとの非常に難しい問題。
参加するのはやぶさかでないし、今日の会合で参加したら、このコミュニティならば溶け込める自信も持った。「すごいなこの地域力は」と半ば感心。
しかしながら、カネと時間がかかりすぎる。旅費に協賛金に有給に...。
うわー、どしよう。カミさんに言っても、金出してもらえなさそうだし。仕事も休めそうにないし。

またひとつ難題を抱え込んでしまった。
| つぶやき | 21:52 | comments (5) | trackback (0)
嵐の遊園地
060917
三連休が続くというのに台風が来ている。
家でごろごろというのもコドモたちが鈍ってしまうということで、遊園地へ行ってきた。

九州では電車が転倒したりとひどい状態なのに、何故、遊園地?というところだが、こういう日が実はイチバン心地良い。

ピーカンならば、駐車場は大渋滞。乗り物にも長い列を作って並ばなくちゃイケナイ。
そう、皆の期待するところとは違うところへ行くのが正しい連休の楽しみ方。
とは言いつつも前の連休に、ショッピングセンターに行ってハマってしまった経験がこうさせる。今日も行きそうになり、すんでのところで止めた。

「いくぞ。」との声にコドモ達も乗ってきた。
要はどこでも良いのだ。笑

予想通り、駐車場はガラガラ。風もたまらなく吹いていて暑くない。
体感温度サイコー。雨もポツポツ状態。

久しぶりにジェットコースターに乗った。コドモ用だけど...。
実際、高校生ぐらいから乗った記憶はない。自分で運転しないものには信用ならない。飛行機も出来れば乗りたくない。何を好き好んで、実用じゃない余興の乗り物に乗らなきゃいけんのだと思うクチなので。。。
でも結構楽しめました。

乗り物にも全然並ばないのが、嬉しい。
こんな日でも、結構お客さんは来てた。同じこと考える穴場狙いの奴は結構いるもんだ。ツワモノになると、急流すべり用の百円カッパを着衣して「濡れてもいいや。」なんて騒いでいる奴もいた。

これぐらいの空き具合だったら、金払ってもいいかなと思う。日頃の遊園地は混み過ぎなのだ。

地域にある遊園地が次から次への閉園してゆき、ウチの近所もこの遊園地だけになった。やはり、少子化が原因なのか。この遊園地もいつまでもあるかどうかもわからない。
外構の舗装なんかも、ずいぶんと傷んでいた。
やっぱりタイヘンだよ。殆ど雨ざらしの遊具、傷み具合も厳しい。
段々と室内の遊びに向かうのはコストパフォーマンスからしても、正しい。

このままでいくと最後まで残るのは「ネズミーランド」だけかも。

雨足が強くなってきたので家路に向った。
「まぁこんなもんでしょ。」と心地よい疲れ具合。

コドモも喜んでいました。
駐車場代金だけが、ちと高くついたかな。

注:キチンと天気予報を見て、この地方には近づかないとの確信を経て行ったことだけは付記しておきます。
| つぶやき | 23:55 | comments (6) | trackback (0)
4畳半のギタリスト
060910

最近、何回も聴きたくなる曲がある。
Canon Rock

今更遅い感があるけど、ネット界で話題となった台湾ギタリストJerryCさんが
クラッシックのカノンをアレンジしてGoogle videoに載せたのがきっかけの様子

そっから、世界中のギター小僧(小僧じゃないヒトもいるけど)が我こそはテクが一番と自慢道場が始まった。

それにしても、世界には腕自慢したい奴が溢れていて、そして誰も彼も上手い。
そんなこんなで、殆どネットはそっち方面の音楽ばかりの探索でした。

最初、この映像を観た時には音楽の上手さと生活臭のある部屋のアンバランスがあまりにありすぎて驚愕した。

そして、昔のひとりの連れを思い出していた。

〜タイムスリップ〜

高3の春、受験のため、運動部を引退した僕は、まだ勉強生活に入るのも嫌だなぁと、いつまでもずるずるしてた。

「こんなことじゃ大学受からねーよな」
「しかし、クラブが無いとやることねーよな。」

どこまでも勉強をしない連れと共に、「勉強は夏休みにやればいいや」と安易に考えてた僕。同じように野球部を引退した奴とダラダラしてた。

そんなとき、今まで運動部じゃなかったクラスメイトの存在が急速に近くなる
学校の近くに住んでいた軽音楽部のギタリスト

今まで接点すら無かった運動部の僕たちと文化部のクラスメイト
席は3人とも一番後ろの席だった

勉強に本腰を入れる他のクラスメイトを尻目に僕達は急速に近づいていった。

「そんなに真剣にガリ勉しなくちゃいかんかぁ。つまんねぇよ。」

お調子者の野球部の連れが毒づく
軽い笑いをたたえてギタリストが連れを見る

いつしか、放課後に彼の家へ遊びに行くようになってた。

そこで聴かされたギターは凄かった。
レコードを聞いただけで、殆どの曲をコピーしてゆく。ジャンルはハードロック。
文化祭では、ステージの上で観たことはあったけど、これほど近くなるとはおもってなかった。

「コイツ天才だ。」

野球部の連れは本来の調子の良さに磨きをかけて言い出す。
私を誘い出した張本人
放課後の柔らかい陽の中で、隣人を気にして小さな音で繰り出される音は僕達を興奮させた。

Youtubeの映像は、あのときの違和感にシンクロしてゆく。
4畳半の部屋に奏でられるギターの音色。時に激しく。時にメロディアスに

理系と文系に分かれたクラス分けで近づいた僕達

いつもクールなギタリストの奴だった。
彼も脳内、筋肉系の僕達の存在に興味があったようだった。

その後、別な凄いギタリストにも出会ったが、いっぱしの奴は理系の脳をしてた。
ギターとはあくまでも論理的な楽器。気持ちだけ熱くなる奴には向いてないノダ。

あぐらをかいてギターを引き続ける彼の横で調子づく野球部の連れ

「バンドやりてぇなぁ。」

「おいおい、そんなことやってる暇ねぇだろ。」と僕
案外、ワタシが一番現実的だったんかもしれない。

しかしながら、そのお調子に乗っかって、ギタリストの彼が「バンドやってみるか。」みたいなことを言い出した。

「おいおい、俺は何にも出来ないぜ。」と僕
「ドラムがあるじゃねーか。」と彼

「一回もやったことないんだぜ。」

「大丈夫、リズムだけ保ってシンバルをバンバン鳴らしゃ良いんだよ。」

そんな経緯でバンドが組まれたんだっけ

クラブ活動が終わったと思ったら、訳わからないスティックを持った息子が何かバンバン練習している姿を見た親は怪訝に思っただろう。
でも、あの時は真剣だったなぁ。結構練習した。

お調子モノの野球部の連れはヴォーカル
ベースは嫌がるクラスの経験者のもう一人を無理やり引っ張り出し、一日限りのスタジオバンド。

結果は散々
リズムセクションのベースとドラムがモタりまくる。聴けたもんじゃなかった。
クールに奏でるギターだけがずば抜けていて、何だか変なバンド
野球部の連れは、お調子が良いだけに結構いけてた。

その後、僕はきっぱりバンドをあきらめ、受験勉強に入っていった。
だが、ギタリストの家には時々遊びに行くのは続いていた。

お調子者の彼との高3生活は、まだ続編がある。
それは、またいつか。

お調子モノの連れは最後まで、あきらめきれない様子で、他にも色気づいたりしたこともあって大学に受からなかった。ギタリストの彼はと言うと親の転勤で東京に行くことに合わせて、きっちりと東京の大学に入学を決めた。
どこまでもクールな奴だった。

彼の東京への引越しの日、荷運びを手伝った俺に向って「じゃ、またな。」と手を挙げた。
美味そうに煙草を吸って「これでもう解禁だな。」なんてうそぶいていたっけ。
(僕は走れなくなるからということで、とりあえずその時は吸ってはいないんで。笑)
それ以来、彼には会えていない。
どうなったんだろうか。今でもギターを弾いているんだろうか。

あの時、今みたいにネットがあったらお調子者の野球部の連れが必ずギタリストをそそのかして投稿していたと思う。

面白い時代になったもんだと思う。
| 青春 | 18:48 | comments (4) | trackback (0)
実るほど頭を垂れる稲穂かな
060902

夏の間、苦労をしてきたプロポーザルが少し前に終了
あまり後味の良くない気分は前に書いた。
あんまり書きたくないけど、自戒を込めて残しておこうと思います。

その後味の悪さは、このプロジェクトの最後に発生した。
内容についてはワタシが殆どまとめたのだが、時間が無くて外観意匠は上のヒト(結構エライヒト)に任せた。その出てきた外観意匠が最悪だった。
ホントはタテモノに魂を入れ込むこの作業は自身でやるべきだったんだけど、あんまり口出しする上のヒトたちに辟易、時間が無かったことを言い訳に頼んだのがケチのつき始め。

出てきた外観。簡単に言ってしまえば、古い。古過ぎるのだ。

「うわ。これいつの時代なんだ。最悪。やばぃ。すべてが台無しだ...。」

上のヒトは一時代を築いてきた自負みたいなもんがあるから、「このタテモノはこの外観が最適なんだ。」なんて思っているみたいだったけど、廻りの人間に聞いたら、10人中、10人が「うげっ」っていう反応だった。

悪い事に、その上のヒトは権力持っちゃっているから始末が悪くて「文句を言うのは許さん。」「何でこれが悪いの」みたいな反応で、誰の意見も聞く耳を持たない。

ネット上だったら、「これはひどい。」みたいなタグが付いて、意見は平滑化されてゆくんだけど、組織としたら権威至上主義みたいなもんがあって、誰も口出せない。中間管理のヒトに強く言ったんだけど、もう権力にはグダグダで取りつく島もない始末。

「あんたがそんな姿勢では駄目だよ。もうこのプロジェクツ。」って言うと、
「仕方ないじゃないか。堪えてくれ。」って...。

直接、換言しても良かったんだけど、上のヒトが結構粘着気質で「根にもつタイプ」、後ですべてワタシの責任に終着させられそうだったんで、バカらしくて止めた。

「何で最初から自分でやらなかった。」んだって後悔しかり。

最後の最後で最悪な気分。折角、夏を費やしてきた仕事が「画竜点睛を欠く」格好になった。
結果はどうなるかまだわからないけど、「駄目でしょ。」みたいな感覚は大きい。だいたい上手く行くプロポって言うのは、感覚でわかる。
多分、結果の駄目も、その上のヒトにうまいことワタシの責任にさせられそうなんだけどね。そうやって上にのし上がったヒトだから…。

こうやって組織って腐って行くんだなぁって感じた次第
時代に乗れないなんて最高にイケテナイ。昔の論理には真の摂理はあるけど、それに拘泥してしまったら終わり。最近、昔ながらの企業が次々に力を失っていっているけど、まさにそれを体感するような出来事。

ワタシもワカモノたちに「稲穂を垂れる」よう謙虚にならなければと思う次第でありました。
| つぶやき | 12:59 | comments (8) | trackback (0)

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