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キャップ
080829


ログにちょっと間が開いた
仕事がたまらなくプレッシャーで、何かを書くことすら躊躇う状態だった
やっぱり一人ですべてクリアするのは堪らない。ここでも人材不足が祟ってる
ウチもいつのまにかこんな状態になってた。
まだまだ堪らない状態は続くのだが、ちょっと気分をリセット
毎年恒例の海へのバカンスへも行ってきた。その写真はPhoto Stockにぶちこんでおきました。今日は鰹叩き王国の方に遠征して、早めに帰ってきたんでログアップ

遠征と言うことで、いつもより早く家を出た。朝、6時と言えども結構人はいるもの、色んな人間が活動し始めている。毎日ベースでこの時間で始動し始めている方にはアタマが下がる。ま、その分、ワタシは夜ベースの時間が長いので...。

その時間の梅田で見た風景のヒトコマ
「今日も暑くなりそだなぁ。」と思いながら、ふと前を歩く2人の青年が目に入った。どちらもベースボールキャップを被って同じ背格好の青年。トモダチって感じでもない。

二人の纏っている服装が対照的だった
一方は作業着とニッカボッカを纏い、これからどこかの工事現場に向かう途中の様子。もう一方はTシャツにジーンズ短パンで鞄からはラケットが飛び出してた。
同じような背格好、年齢、同じようなキャップを被りながら、一方はこれから労働に勤しむ青年。一方はクラブか何かでスポーツ(テニス)をする青年。まぁプロテニスプレーヤーなんて、そんなに居ないだろうから、職業ではないだろう。
ちょっと印象的な風景だったんで残しておこうなんて思った。

どっちがどうかとかでなく、同じように見えて向かう先が全く違う
人の人生なんて、そんなもんさ。
| 青春 | 22:53 | comments (0) | trackback (0)
決別の頃
070617


六甲オリエンタルホテルが閉館
されると言うニュースが入った。
神戸と言えば、美しいシーサイドエリアにある近代的なホテルばかり目立つのだが、ここは山手の落ち着いた昔ながらの良い雰囲気があったホテルだった。
惜しいなぁと思う。

このホテルには、最近では大阪のみならず東京でもご意見番にのぼりつめた、かの安藤忠雄氏が作った「六甲の教会(風の教会)」が併設されている。
安藤建築の中では、これらの教会シリーズが一番良いと思っている。スケールがあまり大きくなってしまうと、あの打ち放ちの感じが大味になってしまうのだ。

ホテル建物と共に今後、どう扱われるのか不明のようだが、是非残して再復帰して欲しいなと思う。あの夜景は滅茶苦茶すばらしいんよ。「華麗なる〜」の神戸の夜景がそのままで見える。ホテル建物を綺麗にして、宣伝をもう少し上手くやったら、絶対イケルと思うんですが...。

そんなことを考えていたら、懐かしい思い出が甦った。

就職して間もなくの頃、会社の寮があった事もあって、ワタシは神戸に住んでいた。その寮の先輩が結婚式を挙げたのが、ココだった。
その頃、ワタシも大学を卒業したてで、ご多分に漏れず、休みの日には有名建築家の建築を追い続けてた。関西に来たと言う事で安藤建築も沢山見に行った。
そんな頃だから、実際に有名建築を利用するという体験に心踊ったものだった。

空間に身を浸すと、さすがシーンの作り方は素晴らしかった。壁の出入り・天井の上げ下げで空間の出現をコントロールすると言うのかな。
特に教会空間に向かうまでの回廊はさすがと言うべきもの。圧巻そのもの。

感動しつつも、式が始まった。式典の諸々が始まったが、うわの空であちこちを見まわしていた。「あそこはそうなって、ここはこうなんだ...。」

進むにつれて、耐えきれない暑さに気づいた。
真夏、カンカン照りの昼過ぎ。コンクリート打ち放ちの壁・屋根には断熱はない。
空調が全く効いてない。申し訳程度に吹出しから出される風

その時、気づいた。
「こういう建物は見るもので、住むものじゃねーな。」と...。

それ以来、有名建築廻りから決別した。あんまりトキメカナクなったノダ。
もっと生活や実作業に密着した建築を作る方向へ進んでいこうって感じたんだっけ。

新人が有名建築家を引いて、ここは○○(有名建築家)のようになんてやっているのを懐かしく思う昨今、このニュースと合い間って、あの頃を思い出した。
| 青春 | 09:23 | comments (4) | trackback (0)
ぢゃいろ
070

ちょっと空き間隔が長くなった。
いろいろあったんで、少しログ書く気力も何もない状態だった。
その状態はこっちに書いた。

そんな荒んだ状態で、日曜、コドモと近所の公園に
公園に到着すると、近くの小学校のユニホームを着た野球部の少年達が、公園で思いっきり半公式練習(?)をしてた。

バシーン。パシーンと軟球ボールが飛び交う。

その公園。小さい子供も遊んでいて、実に危険な状態。
実際、公園での野球は禁止されている。
「あぶないな。」と思いながら遊んでた。
段々とエスカレートしてく少年達。金属バットを持ち出して打つ奴らも出てきた。

でピッチャーらしき少年が
「今度はジャイロボールを投げるからな。」と語った。

子供の他愛もない戯言だとはわかってる。

しかしながら、それを聞いて何だか滅茶苦茶、腹がたった。

そんな球は漫画の世界だし、かの松坂大輔が投げると言われている球も本人が意識して投げている球でもない。あの松坂ですら、意識して投げられない球なのだ。
それを、まがりなりにも野球のクラブに入っている奴らが語っている。

彼らは真剣に野球の練習してる訳でなく、クラブで培った技術を知らない人達の前で自慢気に披露したいだけだと判断。

即、行動した。
つかつかと彼らのところへ行く。

「お前ら、ココで野球をしちゃいかんこと知っているだろ。」

「それで。」とボスらしき少年が語る。完全に大人を舐めている。

「お前らのボールが、小さい子に当ったらどうなる。」

「そりゃ怪我するな。」

「それだけ判っているんなら、やめろ。」

「どーして止めなあかんの。関係ないやろ。」

「お前、どこの学校だ。そこ(近所)の学校だろ。名前を言え。」
実際、奴らのユニホームにデカデカと学校の名前が入っていたし、彼らの背中にはご立派にもレギュラーナンバーを背負っていたのを、承知済みだが...。

「そうだけど何か。」

「今から行って、野球部の監督に、そういう指導してるのか聞いてくる。」

私も本気。少年の態度はとんでもないのだが、こういう体育系の部活動の児童に、どんな指導をしたら、こうなるのか聞いてみたいと思ったのだ。
最近は技術だけを教えて、礼節や社会のルールは教えないのか。

彼らも直ぐに面が割れると判断したんだろう。レギュラーナンバーを背負っているだけに、マズイと判断したと思う。

「わかったよ。やめりゃいいんやろ。」

「それで止めるんだったら、最初からすな。」

ぶつぶつ言いながら、止めて固まってたむろしだす少年達。

それで、小さい子供達が、その辺りでやっと遊び出した。

少年達には可哀想なことをしたとは思ったが、ルールはルールだ。
彼らは30分ぐらい、ずっと固まってごちゃごちゃ、ワタシに対するあてつけのような台詞を吐いていたと思う。

そうこうする内に、別の大人が子供を連れて来て、堂々とキャッチボールをしだした。
それまでの経緯が判らないそのグループは、何でユニホームを着た少年達がそこでたむろしてるのか判らなかったはずだ。

目で訴える少年達
「何で俺達はダメで、あの大人達は良いのや。」って言っているようだった。
彼らは彼らで、試合にでも負けたんだろう。練習をしたそうな雰囲気も判った。

ワタシも心苦しい。
その大人に指摘しに行こうとも思ったが、ある程度、邪魔にならんように危険にならないようにやってる。
言いに行けば、多分、今度は大人の本気のバトルになりそうな予感。
無視を決め込んだ。あんまり気分は良くない。

暮れ始め、近所のお母さん方が小さな子供を連れて帰り出した。
殆どの幼児達が帰った。
ワタシもコドモと帰ることにした。

少年達の塊に行き、ボスのとこに行く。

「何だよ。従ってるだろ。」

「お前らと同じような奴ばかりになった。練習やれよ。」

無言の少年。
少年以外は、散らばりだして練習を始めた。

大人の本気を判ってくれたのかどうだかは判らないが、ボスの彼に何かは伝わったのかと思う。

あの時「ジャイロ」と言うふざけた台詞が無ければ、ワタシも行動してなかった。

そんなことをして、自分のコドモが返り討ちのいじめに合わないか心配じゃないかって?

いやいや、奴らの背番号はきっちりアタマに叩きこんでいる。
もし、何かあったら、彼らの試合にでも行って、野球部の監督と奴らの親一人一人と、今度は本気のバトルをしようとオモッテマス。

そこまで現代の運動部の少年達が卑怯でないことを願いたい。
| 青春 | 01:09 | comments (8) | trackback (0)
何年経っても同じ立ち位置か
070106前に同窓会のログで、厄払いの集まりについて書いた。
その催しが大晦日から元旦にかけて行われたんで、参加してきた。

本厄にあたる年代の中学校区の卒業生が、その地域の催し物の世話をすると言うもの

催し物の内容としては、どこの神社でもやってるお札や飾り物を燃やす焚き場所の設営。但し、燃やし場が通常と比較してデカイ。規模を大きくするために穴を掘る。その穴は直径約5m、深さ約2mというもの。規模がデカクて掘り返すのに一苦労する代物。当然、ユンボーで掘り返す事になる。

そして「ふるまい」と称された「とん汁や甘酒や清酒」の振る舞いの準備
諸々をふるまう事によって、厄難を振り払おうというもの。
ただ分量が半端じゃない。約千人分だから、大変な分量となる。下準備から仕込み、タイヘンな作業。これには厄年には関係ない同期の女性陣まで参加してもらってた。
それとセットになって、やっと厄払い神事がある。

普通、地域会等の地域のコミュニティが賄うものを、地域中学校の卒業生によって運営させるというシステム。誰が考えたか知らないがうまく機能している様子。
地域会の代表のヒトが「近隣で、このような歳末炊き出しがあるところはありません。」ってハッキリ言ってたな。夕張市では成人式のイベントも成り立たないというご時世、結構なことだと思う。

先輩達からの圧力もあり地域に住んでいる者達にとっては、強制労働に近い感もある。ただ、厄払い神事自体を捉えれば、同窓会的乗りもあり参加者は結構集まってた。

ワタシも昔ながらの連れに篤い勧誘があり、大晦日だけ参加をしてきた。

この炊き出しとか...完全なる企画イベント。
すべてが段取りに繋がると感じていたが、その段取りが先輩からの言伝による伝承によるものによってた。仕切っている奴が、逐一「ダメダメ、昨年はどうだった。」とか言ってた。

「アホか。こんなん、こうした方が動きやすい。」と言えども、全く伝統に拘って取りつく島もない。ワタシは中途から参加しているものだから、そこで強く言うのは止めた。
どこでそうなったか知らんが、仕切ってる人物は殆どが教師系。考え方が古いと言うか、固定的と言うか。何だかなぁなんて思った。
やっぱ、育ってきた環境が違うから〜仕方ないのか。

そこで段取り系の部分から撤退して、薪用意の力仕事系に移った。
薪となる木も丸太を輪切りにしたようなモノで持ち運びも一苦労する大きさ。腰が逝きそうでたまらん。
「誰がこんなに規模をデカクしてくれたんだろか。」と思う。

段取りして何とかカタチにして、神事の式典が始まった。

全然、前準備に参加せず、神事だけに参加する者も集まってきた。昔から要領の良い奴は相変わらず要領が良い。昔、力を競っていた種の奴らは、後参加からが多かった。結局、準備する人間は一部の良心的人間なのだ。

神事が始まってびっくりしたのだが、神事の最中でも嬌声や笑い声が聞こえる。誰かが「シーッ」ってやってた。それくらいも我慢できない。これじゃ幼稚園児。言いたくないが、高校や大学の同窓生では考えられない構成員に閉口する。

神事が終わり、女性陣に作ってもらった「とん汁や甘酒」をふるまい始めた。びっくりしたのだが、これ目当てに物凄い人間が除夜の鐘が鳴り終わると同時に集まってきてた。千人というのも満更でない様子。

「うぉーやるぞー」と気合だけで配ろうとする奴。「アホか。これも段取りなんだよ。どこで人をサバいて、どう移動させるか」ってこと。
ワタシ、外から見ていて、遊んでる人を連れて適性な位置に目立たないようにさりげなく動かす。

段取り役に「ごみはどうなってる。」と聞くと「わからん。気づいた奴がやれ」と言ってる。「お前、それで良く段取りしてるな。」とワタシ。

そいつを連れて人込みの中に行くと案の定、その辺に散乱している食器ごみ。
所々にごみ袋を設置し、ごみの収集場を確保。
仕切役も必死に目先で動いてしまっていて、状態を誰も俯瞰してなかった。

結局、伝統と勢いだけで企画されたイベントは、案の定、至るところで破綻してた。
まぁ彼らの「手作り感のイベントの体感」の意図からすれば、その通りなので、それはそれで良かったのかもしらない。

その催しが終わって、やっと我々の宴会が始まった。

で、宴会ではいろいろな積もる話が続いていったが、宴が深まってゆくと、昔の力の長大で上下関係を示すようなふるまいや言動に移る奴が出現。卒業してから数十年の時を経ても中学校区で取った杵柄は続いていると勘違いしてた。

端で聞いてたら、番長を張っていた我々の代の奴(ワタシは、属性はちと違ってましたが、結構、番長と仲良かったんです。)のとこに、ひとつ上の番長らしき人間がやってきて、「おう、久しぶり」とかやってた。隣の奴が「このヒト誰」って言ったら「お前はコケ(サンピン)だから関係ない。」とかやってた。

何年も時を経ても、それぞれの立ち位置は同じと思っている彼らに苦笑。

それぞれに社会人となり、違う生活を送ってきても、昔と同じ力関係に依りたいと思う部分はわからなくもないが、それがリセットされない世界に違和感。

ただワルの本職となって、この「人が集まる」部分を巧妙に利用しようと思って寄ってきたのなら、さすがに堪らん事態なのだが、そんな様子でもなかった。うーん。昔取った杵柄の懐古だとは思うが、ちと気をつけたい部分ではあるな。

そんなこんなで、慌しく過ぎた年末年始でした。
| 青春 | 09:01 | comments (13) | trackback (0)
スキーに行きたいぞ
061217
冬休み、同僚が子供連れでスキーに行くらしい。
そこは、子供が少し大きくなったんで、奮起していくことにしたらしい。
そんな話を聞くと、抑えていた虫が騒ぎ出す。
そんな思いでこんなの見てしまうと、より一層、昔取ったなんやらで行きたくなる。
(リンクはYoutubeなので、削除されているかもしれません。)

大学ぐらいから始めたスキー。最初から一番頂上まで連れられて、「はい、滑って」と言われたのが始まりだった。今だから思うけど、ワタシなら初心者には、そんな風には教えないけど。あれはあれでワタシに会ったやり方だったのかもしらん。
その時、いきなり靭帯を伸ばしてしまって、偉い目にあったっけ。
それでも痛みを堪えてナイターまで滑って、「絶対に滑れるようになってやる。」って思ってた。若かったさ、あの頃。

で、社会人になってリンク先の映画見て、「やっぱスキーだぜぃ。」みたいなアレで毎年行っていた。滑れるようになったんで、尚更のこと冬が待ち遠しかった。
楽しかったなぁ、あの頃。バブル絶頂期だった。
あの頃は携帯も無かったから、映画みたいにトーキーも買って「ギギ、ガガ..こちら○○」ってやってた。

最近の若者たちは、スキーなんて苦労して練習するみたいなレジャーは好まないらしい。

スノボやってる若者はまだ元気ある方で、カラオケみたいな直ぐに手に入るレジャーに流れてるみたい。いつからそんな風になったんだろ。やっぱり不景気はモロに若者から、若さを奪うなぁ。ある意味、可哀想。
そんなこんなで、各所のスキー場は閑古鳥が鳴いて、中には閉鎖するとこも出てきているそうな。やっぱり体育会系のノリがあるんだろか。

空いているスキー場なんて、サイコーじゃないか。
イキテーっ

でもさぁ、最初に話した子育てで、ちと落ち着いたステージに来た親父たちが戻ってくるんじゃないかな。
それぐらいの魅力があるんだけどなぁ。

年の瀬、そんなこと考えていた。

そう言えば、ホイチョイの映画がまた作られているそうな。
今度は、タイムマシンでバブル期に戻る話だって。
何だかんだ言って、やっぱりあの頃を皆忘れられないんじゃないだろか。
| 青春 | 02:41 | comments (4) | trackback (0)
4畳半のギタリスト
060910

最近、何回も聴きたくなる曲がある。
Canon Rock

今更遅い感があるけど、ネット界で話題となった台湾ギタリストJerryCさんが
クラッシックのカノンをアレンジしてGoogle videoに載せたのがきっかけの様子

そっから、世界中のギター小僧(小僧じゃないヒトもいるけど)が我こそはテクが一番と自慢道場が始まった。

それにしても、世界には腕自慢したい奴が溢れていて、そして誰も彼も上手い。
そんなこんなで、殆どネットはそっち方面の音楽ばかりの探索でした。

最初、この映像を観た時には音楽の上手さと生活臭のある部屋のアンバランスがあまりにありすぎて驚愕した。

そして、昔のひとりの連れを思い出していた。

〜タイムスリップ〜

高3の春、受験のため、運動部を引退した僕は、まだ勉強生活に入るのも嫌だなぁと、いつまでもずるずるしてた。

「こんなことじゃ大学受からねーよな」
「しかし、クラブが無いとやることねーよな。」

どこまでも勉強をしない連れと共に、「勉強は夏休みにやればいいや」と安易に考えてた僕。同じように野球部を引退した奴とダラダラしてた。

そんなとき、今まで運動部じゃなかったクラスメイトの存在が急速に近くなる
学校の近くに住んでいた軽音楽部のギタリスト

今まで接点すら無かった運動部の僕たちと文化部のクラスメイト
席は3人とも一番後ろの席だった

勉強に本腰を入れる他のクラスメイトを尻目に僕達は急速に近づいていった。

「そんなに真剣にガリ勉しなくちゃいかんかぁ。つまんねぇよ。」

お調子者の野球部の連れが毒づく
軽い笑いをたたえてギタリストが連れを見る

いつしか、放課後に彼の家へ遊びに行くようになってた。

そこで聴かされたギターは凄かった。
レコードを聞いただけで、殆どの曲をコピーしてゆく。ジャンルはハードロック。
文化祭では、ステージの上で観たことはあったけど、これほど近くなるとはおもってなかった。

「コイツ天才だ。」

野球部の連れは本来の調子の良さに磨きをかけて言い出す。
私を誘い出した張本人
放課後の柔らかい陽の中で、隣人を気にして小さな音で繰り出される音は僕達を興奮させた。

Youtubeの映像は、あのときの違和感にシンクロしてゆく。
4畳半の部屋に奏でられるギターの音色。時に激しく。時にメロディアスに

理系と文系に分かれたクラス分けで近づいた僕達

いつもクールなギタリストの奴だった。
彼も脳内、筋肉系の僕達の存在に興味があったようだった。

その後、別な凄いギタリストにも出会ったが、いっぱしの奴は理系の脳をしてた。
ギターとはあくまでも論理的な楽器。気持ちだけ熱くなる奴には向いてないノダ。

あぐらをかいてギターを引き続ける彼の横で調子づく野球部の連れ

「バンドやりてぇなぁ。」

「おいおい、そんなことやってる暇ねぇだろ。」と僕
案外、ワタシが一番現実的だったんかもしれない。

しかしながら、そのお調子に乗っかって、ギタリストの彼が「バンドやってみるか。」みたいなことを言い出した。

「おいおい、俺は何にも出来ないぜ。」と僕
「ドラムがあるじゃねーか。」と彼

「一回もやったことないんだぜ。」

「大丈夫、リズムだけ保ってシンバルをバンバン鳴らしゃ良いんだよ。」

そんな経緯でバンドが組まれたんだっけ

クラブ活動が終わったと思ったら、訳わからないスティックを持った息子が何かバンバン練習している姿を見た親は怪訝に思っただろう。
でも、あの時は真剣だったなぁ。結構練習した。

お調子モノの野球部の連れはヴォーカル
ベースは嫌がるクラスの経験者のもう一人を無理やり引っ張り出し、一日限りのスタジオバンド。

結果は散々
リズムセクションのベースとドラムがモタりまくる。聴けたもんじゃなかった。
クールに奏でるギターだけがずば抜けていて、何だか変なバンド
野球部の連れは、お調子が良いだけに結構いけてた。

その後、僕はきっぱりバンドをあきらめ、受験勉強に入っていった。
だが、ギタリストの家には時々遊びに行くのは続いていた。

お調子者の彼との高3生活は、まだ続編がある。
それは、またいつか。

お調子モノの連れは最後まで、あきらめきれない様子で、他にも色気づいたりしたこともあって大学に受からなかった。ギタリストの彼はと言うと親の転勤で東京に行くことに合わせて、きっちりと東京の大学に入学を決めた。
どこまでもクールな奴だった。

彼の東京への引越しの日、荷運びを手伝った俺に向って「じゃ、またな。」と手を挙げた。
美味そうに煙草を吸って「これでもう解禁だな。」なんてうそぶいていたっけ。
(僕は走れなくなるからということで、とりあえずその時は吸ってはいないんで。笑)
それ以来、彼には会えていない。
どうなったんだろうか。今でもギターを弾いているんだろうか。

あの時、今みたいにネットがあったらお調子者の野球部の連れが必ずギタリストをそそのかして投稿していたと思う。

面白い時代になったもんだと思う。
| 青春 | 18:48 | comments (4) | trackback (0)
まだ青春はあるんだ
060722

夏休みが始まった。
通勤電車でも学生がいなくなった分、少しだけ楽になる。
でも暑さは変わらないんで、プラマイゼロか。
これからしんどい季節が続く。

学生服の生徒達が少なくなった分、クラブ活動で遠征なんて生徒達もちらほらみかける。先日も電車内でおそろいのTシャツを着た女子の一団に出会った。
背中には「籠球部」ってプリントしてある。

「ん、籠球。そうか。バスケットボールか。。。」

皆、競技柄、女の子と言えどもやっぱり背丈は大きい。
その中でひっそりとと表現して良いほどの小さい子がいた。

考えてしまった。

競技内容からすると、多分にハンデだ。
想像するに、補欠なんじゃないだろうかと思う。
女子クラブだと、こんな状況をよく見かける。友達がそのクラブに入ったという理由やクラブ自体がないとか、その競技が純粋に好きだと言う理由で、適性を省みずクラブに入ってしまって、とことん頑張っていく。上手くなって自信をつけた段階に入ったとき、監督の判断によって後から入ってきたデッカイ奴にレギュラーをさらわられてゆく...。

真剣にやればやるほど、自分の持って生まれた低身長に恨みを重ねる...。

その努力と真剣さを否定するつもりは毛頭ない。
かってのワタシを見るようで、むしろ頑張れと応援したい気持ちになった。

苦い思い出が重なった。

「いつか、その頑張りが自分の強さのひとつになる。頑張れ」

もちろん、ワタシの脳内妄想で、滅茶苦茶すばしっこくてゲームメーカーなんてこともある。ワタシの中での完結なので容赦してください。(笑

通常の日々だと、今時の着飾って「ホントこれから学校か」ってな生徒が目立っているから、昔ながらの泥臭い青春を疾走している学生たちを見ると、何だかホッとしてしまう。


ところで、籠球がバスケットボール、蹴球がサッカー、じゃバレーボールは。。。

と思っていたら、
ココに答があった
| 青春 | 19:58 | comments (8) | trackback (0)
校門超え
050418
朝から騒がしいと思ったら、子供が学校へ行く途中に階段から落ちた。
鼻血大出血。傍目から見れば、鼻血は大ダメージを受けたように見えるので大騒ぎ。しかしながら本人は至って平静。一安心した。しかしながら、衣類に血が付着して酷い状況。
少し休ませ、衣類を着替えて学校へ遅れてゆくこととなった。ワタシも丁度通勤時間だったので、付き添って学校へ向かった。

学校に着くと校門が閉まっている。昨今の小学校の事件の影響からなのか、通学時の一時しか校門が開放されていないようだ。
「うーん困ったなぁ。」
校庭で遊んでいる校門近くにいる子供たちを呼ぶ。
「ココを開けてくれへんか?」
カンヌキ錠を廻して貰って開けようとする。しかし足元を見ると、その鍵の他にフランス落としまで付いていた。そこには南京錠まで掛かっている.......orz。

仕方なく他の門へ廻ろうとする子供。
「ちょっと待て、押してやるから校門を超えろ。」
親父の悪行への誘い。すいません。すいません。すいません。親父が悪いんです。

持ち上げ校門を超えさせた。鼻血のダメージを感じさせず、疾風のようにダッシュで学校に入ってゆく子供。何だか安堵した。
見つかったら、先生やPTAの方々の盛大な謗りを受けそうだったので、すかさず退散する。誰もチクらないでくれよ。トモダチ!

ふとワタシの少年時代を思い出した。
あの頃も時間に間に合いそうにないとき(人はそれを遅刻と言う。)、ランドセルを門扉から放り投げて、校門を乗り越えていた。街の公園に面したところで、人目に付きにくい場所。正門まで遠回りしたら絶対遅刻...。
今ほど学校の安全がヒステリックに叫ばれていなかった頃だ。でも、あの頃でも死角の出入り口については、管理は厳しかったと思う。

大人の背丈ぐらいの高さの校門。そびえ立っていた。
悪友と連れ立って、帰りもそこから。
「ホイッ。ガラガラ。バーン。」
ランドセルの中身なんて知ったことでなかった。
走ってジャンプして門扉にとりつく。懸垂でカラダを持ち上げ登りこむ。頂点で門扉を跨いで、上から飛び降りる。パシッ。ランドセルを拾い上げ、ダッシュして遊び場に向かった。

ほんのりとした思い出がよみがえった。

しかし、もう親父が率先して校門超えを推奨しません。
見逃してくださいませ。先生!(笑
| 青春 | 17:48 | comments (2) | trackback (0)

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